高樹 のぶ子

「恋愛空間」 高樹のぶ子 著

<あらすじ>

不倫でなく、「ふたごころ」。

老いを意識しはじめた男女に宿るエロスは熱く繊細で、だから極限をきわめることもある。性愛文学の名手が『失楽園』「恋におちて」などの小説・映画にも触れ、"第二次恋愛期"の性愛を繊細に綴る、心と肉体に響くエッセイ集。

渡辺淳一氏と「大人の性愛」を熱く語る特別対談を収録。

 

<感想>

エッセイ。

高樹のぶ子さんは言う。10代~20代の恋愛と、40代前後の恋愛を、彼女自身の気持ちと照らし合わせて 解説してくれている。映画から熟年の恋愛を読み、小説から大人の恋を読む。『マディソン群の橋』が何故にあれだけ全世界の興味をひいたのか。

『失楽園』が、何故あれだけ話題になったのか。

それを彼女は分析する。好きなひとがいることは素晴らしいこと。

結婚してて、ダンナさん(奥さん)を裏切っててもそういうの?

そう問われれば返事できないがその問題と、ひとを好きになること。

つまり誰かを想い切ないこと。話をするだけで楽しいこと。

手をつなぐだけでどきどきすることとは別の感覚だと思いたいな。

だから私は、まだまだ恋する気持ちを忘れたくないと想っているのだけど・・。

 

印象に残った文章

(本文より)

 

『マディソン群の橋』から読める中年の恋愛について。

フランチェスカとキンケイドは、出会ってわずかの間に

肉体関係を持っている。この早さ、ためらいのなさは、

若い男女であれば恋ではなく情事とみなされても仕方ないだろう。

20代の男女が出会ってわずな間に性関係を結べば、

そこには道徳の乱れやいい加減さを 感じられてしまうものだが、

フランチェスカとキンケイドの年齢が、こうした汚れを拭い去り、

恋愛の激しさを印象ずけている点を忘れてはならない。

つまり、中年の恋愛は情事とよく似てるし、

もしかしたら同じものなのかもしれないということ。

「純愛」とは、何?

純愛・・・っと聞くと、10代・20代の初々しい愛を想像したり、

年齢を経てからの「純愛」になると、家庭を壊し、社会の秩序にあらがい、

培ってきたキャリアや信用を放り出してでも、

愛するひとと一緒に暮らす一途な情熱を思い浮かばれる。

少年少女の無垢な愛・・・・純粋性は無知や未経験からくるのであって、

愛情そのものの深さや純度とは あまり関係ない。

少しばかり大人になると、その無垢な愛情に、人生設計・自己保存の欲求にも目覚め、

恋愛が巣作りの結びつき ますます純愛とはかけ離れていく。

また、離れないと困るわけで、そうでないと生活とは結びつかない。

打算といえば言えなくし、けして純愛ではないけれど、

これは生存していくための知恵であるわけで これをなくしては、

結婚生活は子孫の繁栄はないわけである。

恋愛の純度なんて無責任さと裏表になっているわけで、

責任がないからこそ純粋でもいられるということのなる。