絲山 秋子 著

絲的メイソウ  絲山秋子 著

<内容>

「小説現代」に連載していたエッセイをまとめたものた絲山秋子氏初エッセイ。

迷走、遁走、逆走、疾走、そして、メイソウ。

あっちにぶつかり、こっちにぶつかり、決してまっすぐには進まない、絲山秋子の偽らざる日々。珠玉?の初エッセイ集。

人生は、なんでジグザグにしか進まないんだ!ああッ!あっちにぶつかりこっちにぶつかり 決してまっすぐには進まない絲山秋子の偽らざる日々。

 

<感想>

絲山秋子さんのweb日記のファンな私。本作はそのblog日記を深く書き込んだ感じでした。

いろんな表情の絲山さんが見れるので彼女の作品のファンは楽しめる1冊。

私は、絲山さんと同期で、感性が少々似ているので親近感を持って読んだ。

笑えるぐらいツボに入るコラムもあって満足度70%

 

「沖で待つ」  絲山秋子 著

第134回芥川賞受賞

 

<あらすじ>

仕事のことだったら、そいつのために何だってしてやる。そんな同期の太っちゃんが死んだ。約束を果たすべく、私は彼の部屋にしのびこむ-。仕事を通して結ばれた男女の信頼と友情を描く ― 「沖で待つ」

37歳にして無職。職安に通う主人公。近所の人からお見合い話を勧められ、することになるが ― 「勤労感謝の日」 

 

<感想>

「勤労感謝の日」と「沖で待つ」の2作を収録した、2006年芥川賞を獲った小説。

それだけで敷居が高く感じられ、読み始められなかったけど、数ページ読んだ瞬間から止まらず一気読み。読んでる途中から、すごい作家を見つけた!と思った。こんな感覚は山本文緒さんの小説に出会って以来。

なんと言っても私は絲山さんの文章がとても好きだ。言葉の転がし方が絶妙にうまい!言葉に出して読みたい日本語なんて本があったけど、私にとってこの小説は声に出して読みたいと思う程の絶妙なリズム感のある文章なのだ。その上、女だと言うことを受容しつつ、諦めつつ自立しているとこがいい。

「勤労感謝の日」の小説の中の一場面。

お見合い中に、相手の男が「負け犬論」をどう思うかと主人公の恭子に聞く。

 

「知ってますよ。あれで言うと私は立派な負け犬ってことになりますね。」

「そうじゃないんですよ、負け犬って自覚してればゆるされるんですよ」

 なんでこんなカスに許してもらわなければいけないのか。(小説より)

 

この感じがたまらなく私にフットする。それはきっと、私が絲山氏と同期だからだろう。私が生きてきたバブル時代など書かれている背景がダブるから尚、おもしろいのだと思う。

今後が楽しみな作家である。

 

「イッツ・オンリー・トーク」  絲山秋子 著

<内容>

引っ越しの朝、男に振られた。

やってきた蒲田の街で名前を呼ばれた。

EDの議員、鬱病のヤクザ、痴漢、いとこの居候―。

遠い点と点とが形作る星座のような関係。

ひと夏の出会いと別れをキング・クリムゾンに乗せて

「ムダ話さ」と笑い飛ばすデビュー作。

高崎で乗馬仲間との再会を描く「第七障害」併録。

 

<感想>

絲山作品3作目読破。

すっかり絲山秋子の文章の世界にハマってしまってる。

小気味良い文章。素っ気なく、味気ないのに時折心にズバッっと突き刺さってくる。

絲山氏の描く主人公の女性が自分と似てるとか、好きだとか実はそんな事はなく、むしろ、友達だったら遠慮したい人かも知れないのだが、主人公の抱えてる事はわかると言うか、きっと絲山氏が伝えたかったのはこの感覚なのだろうなと言う部分が的確に理解できる気がするから心惹かれるのだろう。

表題作「イッツ・オンリー・トーク」の主人公の橘優子は友達だったらキライなヤツかも知れない。しかし、彼女を取り巻く人々(EDの議員・鬱病のヤクザ・痴漢・いとこの居候)の抱える<何か>が橘優子と共鳴しているのがわかるし、痴漢との関係性のは納得できないのに(なるほどなぁ)とさえ思ってしまった。

一転、併録されている「第七障害」はとてもリアリティーがあった。過去読んだ小説の中でも初めてに近い状況設定。主人公・早坂順子を客観的に見て書いてあるので、感情を極力抑えて書かれてあるのだが喪失感・孤独感・虚脱感・漂流感が伝わった。乗馬は絲山氏の趣味らしい。

2編ともに彼女の描く男性像がわりと気に入っている。

「第七障害」の永田篤と早坂順子との関係は好きだ。温かな空気を感じられた。

ところで、映画「やわらかい生活」は本作品が原作だったらしい。

35歳、鬱病を抱える微妙な女性を寺島しのぶが祥一役をトヨエツが演じると言う。早速観てみようと思う。

 

「ニート」  絲山秋子 著

<あらすじ>

現代人の孤独と寂寥、人間関係の揺らぎを完璧な文体で描いた傑作短篇集。

かけだしの女性作家と、会社を辞め、引きこもりをつづけて困窮を極める青年との淡い関係を描く表題作。

大阪の彼女と名古屋の育ての母との間で揺れる東京のホテルマンを描いた「へたれ」など「ベル・エポック」「2+1」「へたれ」「愛なんかいらねー」5編からなる傑作短篇集。

 

<感想>

この短編集は大衆ウケはしない小説でしょう。

「愛なんかいらねー」は今までの作品では避けてきていたセックス描写を真っ正面から描いているワケですが、コレがいきなりのアブノーマルセックス。

さすがの私も引いてしまいました。

身体を重ねることで心の寂寥感や孤独を埋めると言う感情を表現したかったのだろうけれど、ここまで描かなくても・・。

 

「ニート」の後日談が「2+1」なんでコレは時系列のある連作と言っていいでしょう。彼なりの理由があってニートになっている男友達に、ろくでなしで役立たずだと知りながらも、

「かつて私もニートだった」「かつての私を救うのだ」と救いの手を差し伸べずにはいられない女。私には理解できない世界で淡々と読みました。

文章は巧いと思うし、絲山色だけど、全否定しないまでも好きとは言えない短編小説でした。私は「ベル・エポック」と「へたれ」になんとか救われてました。

 

「逃亡くそたわけ」  絲山秋子 著

<あらすじ>

「どうしようどうしよう夏が終わってしまう」

軽い気持ちの自殺未遂がばれ、入院させられた「あたし」は、

退屈な精神病院からの脱走を決意。

名古屋出身の「なごやん」を誘い出し、彼のぼろぼろの車での

逃亡が始まった。道中、幻聴に悩まされながら、なごやんと衝突しながらも

車は福岡から、阿蘇、さらに南へ疾走する。

 

<感想>

まさに小説版ロードムービー(ムービーじゃないか)。

犯罪に巻き込まれるとか、誰かを捜す目的とか特別大きな事件や目的などなく

精神病院から(ただ逃げたかった)躁症状の花ちゃんが、鬱症状のなごやんを誘い出し

ひたすら九州の南へオンボロ車で旅する話である。

特別な言葉で何かを得たとか、自分と向き合えたなんて表現がないところが絲山秋子さんの好きなところ。

「沖で待つ」も「海の仙人」も男女の友情的な関係が描かれていたけれど、恋心のない男女関係を描くのが

上手いなと思う。

この小説、第133回直木賞候補作品となっていたらしい。

読み終わって、最初に思ったのが、車でゆっくり九州を旅してみたいなーっと言うこと。

小説に出てきたところをまわってみたいと言う気持ちにさせられた。

躁鬱で苦しむふたりが主人公だか、あまり重い読感は残らなかった。

ある意味、そこれがこの小説の魅力ではないだろうか。

 

「袋小路の男」  絲山秋子 著

<内容>

指も触れないまま「あなた」を思い続けた12年間。

恋人でも友人でもない関係を描く究極の純愛小説。

第134回川端康成文学賞受賞の表題作を含む3篇を収録した短篇集。

 

<感想>

表題作「袋小路の男」と「小田切孝の言い分」は連作。

それに「アーリオオーリオ」を加えた短編3編。

この小説は、理解できる人は共感できるけれど、

わからない人には理解不能の小説だと思う。

私は、大谷日向子の小田切孝への気持ちは「純愛」だと思う。

何をしても断ち切れない彼への想い。彼と完全に切れないのは彼も日向子が必要だと思っているから。

それに日向子は気付いていない。無機質な小田切の印象は、「小田切孝の言い分」で色を持ち始める。

小田切孝、イヤな男だけど惹かれてしまうキモチもわかる気がした。

3話目の「アーリオオーリオ」は、全く違う小説。

こちらの評判の方が良かったのだけれど、私はダメでした。

 

「海の仙人」  絲山秋子 著

 <内容>

心やさしい男と女と神様。

背負っていかなきゃならない最低限の荷物 ― それは孤独。

碧い海が美しい敦賀の街。

ひっそり暮らす男のもとに神様がやって来た―。

 

「ファンタジーか」

「いかにも、俺様はファンタジーだ」

「何しに来た」

「居候に来た、別に悪さはしない」

 

<感想>

読み終わって最初に出た言葉は「ん~どうなんやろ」。

 

冒頭、浮き世離れした男、勝男と「ファンタジー」を名乗る神(!?)が出てくるので

ファンタジー小説かと読み始めるが、中盤以降、「ファンタジー」の存在以外、

勝男の事、勝男の周りで起こる現実がとても孤独でシビアな事ばかり。

「ファンタジー」の存在と、勝男が世の中の「欲」から1番遠い感覚で

変わった生活をする仙人のようであることで何とか<痛さ>から遠ざけてくれている。

「沖で待つ」もだが、絲山氏は本作品でも成熟した大人、自立した人間を描いている。

自立することは「孤独」を受容することでもあるだろう。登場人物はみなが

「人間は孤独である」ということを真っ向に捉え、人に頼らない。耐える、孤独に。

それ故に、その生き方が逆に自分本位で生きてしまっている矛盾。ツラい事実。

 

「孤独ってえのがそもそも、心の輪郭なんじゃないか?

 外との関係じゃなくて自分の在り方だよ。

 背負っていかなくちゃいけない最低限の荷物だよ」。

 

絲山氏は生きると言う事は「孤独」で、

それは人間が生きるのに最低限背負っていく荷物なんだと言いたかったのだろう。